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阿久悠さんが亡くなった。
著書もいくつか読んだし、産経新聞に掲載されていたコラム「阿久悠 書く言う」は何枚もコピーにして、保存している。
文章の上達はまず、まねることから始まる。阿久悠さんの文章はまさに、それであったが、それ以上に舌を巻いたのは、その視点だった。
野球界の凋落に触れた文章がある。
「プロ野球は、時代時代の英雄たちの活躍によって成立しているビジネスなのに、英雄たちの遇し方を知らない。その気もない。引退のその日から只(ただ)の人にしてしまい、せいぜいOBと称して、いくらかの場を与えるだけである。(中略)プロ野球は英雄の連鎖であるとともに、敬意の連鎖で成立し、継続する。それによって文化や歴史になる」。
「敬意が途切れ、一瞬の英雄だけを高値の株のように奪い合っていると滅びる。少年たちは父の時代の英雄にも惜しみなく拍手を送る人を見て、憧れの職業とするのだ」。
ヒット曲を量産し、作詞家としての定評はもちろんだが、その言葉を生んだ背景は、例えば前述の文章のような、社会を客観的に、冷徹に分析できる慧眼、そして人を愛してやまない温かい目であったと思う。
「一瞬の英雄だけを高値の株のように奪い合っている」のが、我々の現状であり、使い捨ての「文明」に将来はない。
取り戻すべきは、本来我々が持ち得ていたはずの「文化」なのだろう。 |
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